昭和45年

お祭りの日 楽しかった日々

お祭りの日

  今日は山神社のお祭り。 炭鉱も学校も休みで、お神輿が出る。 夜は夜店に家族で出かける待ち遠しかった日。 法被や浴衣姿で街に出る。しかも大勢の人が街に繰り出す。こんなことは一年のうちにめったにない特別な日。 子どもたちがわくわくしながら待っていた。   普段は、忙しい親たちも、この日ばかりは自分の…
開拓 苺畑でいちご狩り 楽しかった日々

開拓 苺畑でいちご狩り

   『ふるさと大夕張(1丁目1番地』に2000年頃掲載した我が家のアルバムからの写真だ。その時も書いたが、この写真を見るといつも思い出すことがある。       昭和45年(1970年)鹿島中学3年の7月、日曜日。  炭砿病院に入院していた父が、久しぶりに家にもどってきていた。  父から、   『…
夏休みのラジオ体操 街の行事

夏休みのラジオ体操

  北海道に住んでいて本州で育った人との違いの一つに夏休みの期間だった。 北海道の夏休みは7月下旬から8月の中旬まで。1ヶ月もない。その代わり冬が長いわけだが・・・。   夏はお盆を過ぎると学校が始まり、吹く風も肌寒く感じるようになる。   その短い夏休みの間、毎朝各町の広場や小公園でラジオ体操が行…
青函連絡船 船室にて 学び舎の思い出

青函連絡船 船室にて

   親たちの世代は『内地』と呼んでいた本州。  昭和30年代、父の故郷が栃木だったため、5才頃、初めて青函連絡船に乗って本州にいった。  青函トンネルもなく、飛行機も一般的でなかった時代、船に初めて乗った印象は強烈で、甲板から海を見ていると吸い込まれていくような、えもいわれぬ不気味な恐怖のようなも…
昭和40年代 大夕張駅前 思い出の街角

昭和40年代 大夕張駅前

昭和45年(1970年)頃の大夕張駅前。 駅前広場から駅前の商店街を見る風景。 大夕張郵便局の前には、クリーム色のボディと赤い屋根から『丹頂形』と呼ばれた公衆電話ボックスが見られる。 昭和29年(1954年)頃から、日本全国に登場したものだというが、大夕張で見るようになったのは閉山前後のことではなか…
大夕張炭山駅を出発する列車 思い出の街角

大夕張炭山駅を出発する列車

撮影した長谷川さんによると、昭和45年11月だという。 最近は、着色も少しは慣れてきて写真を見返す余裕も出てきたと自分でも思うけど、この時期の大夕張では晩秋、いつ雪がふるかという頃で、緑少し盛りすぎ・・・たか。 『ふるさと大夕張』の最初の頃から掲載させてもらっている写真も、色をつけて気がつくことが多…
弥生町から春日町へ降りて行く坂道を行く山神祭神輿 街の行事

弥生町から春日町へ降りて行く坂道を行く山神祭神輿

 春日町から弥生町に登ってくる神輿を弥生町の崖の上から撮影した写真。坂のこちらは、弥生町3丁目、向こうは、4丁目ということになるのだろうか。  崖の下はすぐ春日町の炭住が建ち並ぶ。  駅前の通りの先を右手に曲がって、弥生町3丁目と4丁目の間をくだっていく坂道、弥生町の子どもたちにとっては、雪スケート…
明石橋と旭沢橋梁 思い出の街角

明石橋と旭沢橋梁

昭和45年頃  旭沢橋梁に並んで、昭和27年に竣工した千年町と明石町を結ぶ明石橋。    遠くには、常盤町の街が、山の斜面に見える。   白黒写真に着色した画像 旭沢鉄橋  【山下貢】( 2006/10/21(Sat) 12:55)   この鉄橋の名前を初めて知りました。  確か、幼稚園児(S28年…
仮装行列の思い出 |佐藤次男 思い出ばなし

仮装行列の思い出 |佐藤次男

 仮装行列というと鹿島中学校の仮装行列しか記憶になくて、東高のは知りませんでした。   私が、小学生のとき鹿島中学校の仮装行列を見て、早く中学校に入って仮装行列をやってみたいと思ったものです。   昭和45年、念願かなって中学1年生になり、仮装行列の準備を何日も前から行い、ようやく当日がきてみれば、…
鹿島消防署 思い出の街角

鹿島消防署

昭和45年頃(1970年頃) 白黒写真に着色した画像   駅前の鹿島消防庁舎は昭和28年に新築完成した。昭和49年、本部は南部に移転。 【大夕張の消防】 大正5在郷軍人を中心主体に二股,若葉地区に私設消防隊ができる。大正96月 大夕張義勇消防組創立。(二股・六尺・若葉)昭和49月 三菱鉱業大夕張砿業…
主張発表大会 学び舎の思い出

主張発表大会

鹿島中学校『昭和45年度主張発表大会』 昭和46年の卒業アルバムから。 閉山後、鹿島中学校の生徒数減により多くの学校行事がなくなったという。この盛大な主張発表大会もなくなったの行事の一つなのだろうか。   1年生から3年生までの各学級から選ばれた代表が、全校生徒の前で、『私の主張』を行なうという行事…
昭和45年頃 購買会 思い出の街角

昭和45年頃 購買会

昭和45年頃、購買会。陽射しの強い昼さがり。 母が勤めた購買会 【高橋勝美】  栄町ブロックでしたので、買い物は購買会でした!  母が、肉屋-惣菜も売ってました-働いていました。ですから私は鍵っ子でした。小学校の帰り道に時々、母の務め先に顔を出してました。 購買会  【飯田雅人】 大夕張で日常使うも…
岳富町商店街と「しがい」 思い出の街角

岳富町商店街と「しがい」

「しがい」とよんでいた千年町。 その千年町と大夕張駅方面を結ぶ岳富町。昔の人は宝沢と呼んだ。 千年町との往来には、この沢を埋め立てた道を歩いた。 戦後鉄道の築堤沿い建ったバラックの商店は昭和30年代立派な商店街となり、「岳富町」となった。 千年町方面のことを、子どもの頃「しがい」と呼んでいた。 千年…
大夕張駅前 歩道橋より 思い出の街角

大夕張駅前 歩道橋より

大夕張に設置された唯一の『歩道橋』から大夕張駅前、栄町商店街方面を見たところ。昭和45年頃。 左手前には消防署・警察署,右手に拓銀、夕張信用金庫。 その奥に郵便局などの金融機関が集まる街の中心部。 保養所前にある夕鉄バス『大夕張駅』のバス停にバスが停車中。 昭和45年頃 歩道橋より駅前…