小学校の踏切

190

 鹿島小学校側から見た踏切。

 

 それまであった鹿島小学校横の踏切に『椀木式遮断機』が設置されたのは、昭和38年10月のことだという。

 夕張市で二番目にできた踏切だったという。

 

 

 昭和44年にできた歩道橋はまだできていない頃のようだ。

 

 学校に通った道としては、栄町、富士見町方面は北側の大きな門から、線路沿いの道を、緑町、弥生町、代々木町、春日町方面の人は東門からこちらの踏切というコースが多かった。

 

 この踏切には思い出がある人もきっと多いでしょう。

 自分もその一人です。

 

 この写真は、映像に出てくる一シーンのコマに着色したもので、『遥かなる思い出の故郷』から。

 枕木を並べたような太く高い柵が線路と周囲を仕切っていた。中学生の頃、線路の向こう側に行くために、乗り越えていくこともよくあった。

 

 

 

  

  

昭和48年に鹿島小学校から線路の反対側、歩道橋から小学校の踏切を写した写真はこちら

歩道橋から錦町方面 歩道橋から撮影した錦町方面の写真。  写真の右手には、鹿島小学校の体育館が見えている。その右下の階段は、鹿島小学校の東側の便所に降りる階段の跡だろう。    遠景には、錦町…
続きを読む
 ooyubari.com
歩道橋から錦町方面

 

写真は、こちらの映像からスクリーンショットで撮った。

遥かなる思い出の故郷(全編)「ふるさと大夕張1丁目1番地」の「大夕張映像館」で公開したものです。 8ミリフィルムで撮影された最盛期の大夕張の映像ですが、実は、その映像には続きがあり、1991年に、制作者の方が…
続きを読む
 ooyubari.com
遥かなる思い出の故郷(全編)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

two + 1 =

アップロードファイルの最大サイズ: 5 MB。 画像, 音声, 動画, 文書, スプレッドシート, 対話型, テキスト, アーカイブ, コード, その他 をアップロードできます。 Youtube、Facebook、Twitter および他サービスへのリンクは自動的にコメント内に埋め込まれます。 ここにファイルをドロップ