日: 2020年2月1日

1933年(昭和8年) 昭和

1933年(昭和8年)

1月 21日,宝沢道路工事完了。千年町と緑町が道路で結ばれる。3月 31日,大夕張尋常高等小学校第3代伊沢豊久校長。4月 1日三菱大夕張礦業所が三菱大夕張幼稚園を三菱大夕張病院横に開設。(園長 鉱業所々長西原民平 園児82)8月 8日,香椎沢橋梁の橋脚流失。(30日まで,函館ドックの手による仮工事完…
9237 思い出貼

9237

9237 北部移転当初の大夕張で昭和4年から昭和37年まで活躍を続けた蒸気機関車。 昭和35年 大夕張炭山 【北部ポイントで待機中の混合列車・入替えに活躍した9237号】   奥山 道紀 9200形機関車は,昭和4年専用鉄道の北部延長,自営運転開始に合わせて美唄鉄道より譲受ました。 以来,「9201…
第1編沿革 第3章 北部開発 山史

第1編沿革 第3章 北部開発

第3章 北部開発 1  北部開発計画  大正7年頃より北部開発計画あり、その調査を開始したが、この産炭を如何にして搬出するかが当時の大きな課題であった。  その第1次案として、北部、万字間に鉄道を建設する事とし万字の石川呉服店を根據として調査を開始するも急坂のため廃案となった。  大正8年、第2次案…
大夕張の夜 | 内川准一 訪問記

大夕張の夜 | 内川准一

1999年 6月4日 金曜日 17時53分11秒 旧・鹿島小の校庭で 一人テントを張って 無人になってしまった大夕張の夜を過ごすつもり! あの賑やかだった大夕張が どんなに深い闇の中に沈んでいるのか 何が 大夕張を支配しているのか そして 長い 長い 空白を経て いま50歳を迎えた私が どれだけ昔の…
『ふるさと大夕張』は「2丁目3番地」へ 2丁目3番地

『ふるさと大夕張』は「2丁目3番地」へ

『ふるさと大夕張』は、こちらに引っ越しました。 1996年母校鹿島小学校の閉校式に参加して、その思いを自分のホームページに載せ始めてから24年目の初めての大きな更新です。 『ふるさと大夕張2丁目3番地』としての新たなスタートです。当面、引っ越し作業が続きます。『1丁目1番地』に比べるとまだまだコンテ…