昭和30年前後のスキー場|野崎昭雄

1986

 
 私の記憶では、昭和30年代前半まで(1950年代)、富士見町のスキー場は、段々畑がそのままスキー場になっていたような気がします。

 
 ですから、滑り降りると、下手な人は段差で腰をとられ転ぶことがよくありました。

 そのような話が、このページで出てこないところをみると、その後、改修されたものでしょうか。

 スキー場に向かって左側にジャンプ台があったと思います。

 後に、春日町の友人がジャンパーになって活躍したようですが、ここで練習をしていたようです。

 ついでながら、この友人とは、先日、ネット上で約50年振りの再会をしました。

 

 スキー場の遙か上に、大きく切り開かれた火防線(防火線?)があり、焼餅をショウ油にからませて食糧とし、火防線づたいに、1日中滑りまわったことがありました。

 

 ところどころで、誰かが仕掛けた野うさぎ採りの、針金の仕掛けを見ることもありました。

  
 今、スポーツで何ができるかといえば、スキーぐらいとなってしまいました。

(2006年02月04日 記)


思い出ばなし

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