雪はね

雪かき 楽しかった日々

雪かき

   雪かき、雪はね、雪割り・・・降った雪に関わる力仕事は、天候や気象条件によりいろいろな思いもするが、家庭でのこの日の雪かきは、しばらく大量の雪が降り続いた後、気温が上がり、雪が少し溶け気味で水分を含んだ重い雪が相手だっただろう。    スコップで四角に切りながら、広げていった。    セーターで…
雪とともに 楽しかった日々

雪とともに

雪の多かった大夕張。今ではほとんど見ることの無くなった木製のスコップ。柄の長い「雪かき道具」 『ジョンバ』とよんでいた。   雪をのせる木の板は3方を板で囲み、雪が落ちないようになっていた。 サラサラ雪の北海道ならではの雪かき道具だったという。   それでも木製の『ジョンバ』は、それ自体けっこうな重…
窓の除雪 楽しかった日々

窓の除雪

昭和40年頃、富士見町6丁目。 一番山の高いところにあった住宅。 遠くに炭鉱病院と、栄、代々木の住宅がみえる。 家族総出で窓の外の雪を取り除き、広げる作業に励む。…
窓に迫る雪山|斎藤敏幸 思い出ばなし

窓に迫る雪山|斎藤敏幸

栄町ブロックでも良く雪はねをしました。 雪をはねる場所がなくなると、段はねをするのですが、その度に向かいの棟の1階の窓に雪山が迫り、大変だったのではと、今頃痛切に思っています。 1階に住んでいる人たちは、雪山で外は見えないし、暗いし、早く春になって、雪が溶けるのを待っていたのでしょうね。 あんなに雪…
雪に埋まりました!|ziny 思い出ばなし

雪に埋まりました!|ziny

 いやぁー、あの頃は本当に雪が降りました。  もうー半世紀・・50年も前ですね。  昔は家の前に、雪はねの場所を先に作ってから、雪かきでした。    前の家が見えなくなってました。    玄関先のつららは、2~30cm位の太さでぶら下がってました。    当時、私は家の裏に回っていたところ、突然、屋…
窓が埋まって よいしょ 楽しかった日々

窓が埋まって よいしょ

 昭和37年ころ  大夕張の15年間、生れてから2回引越しした。  ここは、炭鉱病院の線路を挟んだ向かい側の、富士見町5丁目のあたりだと思う。ここで生れた。  雪が多く降った。昭和13年、7歳で沼の沢から大夕張に引越してきた母などは、「大夕張ダムができてから雪が多くなった。」と、よくいっていた。  …
雪おろし(春日町)#2 楽しかった日々

雪おろし(春日町)#2

昭和30年代 雪おろしのお手伝いをしている兄弟。下に建物が見えていますが、結構高低差を感じます。 白黒写真に色付けをした写真 トタン屋根の上で除雪 【今 雅秋】 冬。場所は春日町です。トタン板の屋根の上で家族総出で除雪をしていました。 都会ではめったに見られない光景ですね。 薪がつんであります。…
雪おろし(春日町)#1 楽しかった日々

雪おろし(春日町)#1

昭和30年代 子どもたちも兄弟で一緒に雪おろしのお手伝い。 白黒写真に色付けした写真 トタン屋根の上で除雪 【今 雅秋】 冬。場所は春日町です。トタン板の屋根の上で家族総出で除雪をしていました。 都会ではめったに見られない光景ですね。 薪がつんであります。…
初めてのアルバイト|Kawauchi Masami 思い出の記

初めてのアルバイト|Kawauchi Masami

 昭和43年、中学2年生の冬、2月ごろでした。  アルバイトはその日、20~30人ほどいたでしょうか?  アルバイトに行く人は、スコップ持参との事でした。親父は、前の日にスコップの柄の所に、手に雪が付かない様に縄でドゥナツの様なワッパを付けてくれました。  そのスコップを持って、朝7時ごろ迄に、大夕…
窓が埋まったときは!|内川准一 随想

窓が埋まったときは!|内川准一

 一昨日。我が家に1本の電話。電話の主は亡・父親宅の隣家。  「あの~○○ですけど~」、妻「何かありましたァ?」、隣人「屋根から雪が落ちて家の壁に当たったんですけど、みてもらいたいんですけど・・」、妻「分かりました、帰ってきたら夫に電話させますから。」、隣人「なるべく早くお願いします。」プツン。  …
軒下の雪かき 楽しかった日々

軒下の雪かき

昭和40年頃 富士見町6丁目 昭和40年頃   軒下の雪除け 【飯田雅人】 冬、雪がたくさん降ると三角屋根の上に厚く雪がつもります。そうして気温が高くなると、一気にトタン板の屋根から大量の雪が落ち、家の中が真っ暗になってしまいます。陽が部屋に届くように、軒下の除雪をすることが年に何回かあり…