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午後5時のチャイム

 『ふるさと大夕張(1丁目1番地)』で、作成のエピソード的なことを「備忘録-1丁目1番地」で書いて来たが、 鹿島小学校の午後5時になるチャイムのことは 、書いていなかったと思うので、ここに書き留めていこうと思う。

  

 『ふるさと大夕張(1丁目1番地)』を作るまえ、大夕張のことで、鹿島小学校の午後5時になるチャイムのことは、頭の中に残っていた。

 それは、「午後5時になると鹿島小学校のチャイムが街中に聞こえるように鳴っていた」ということと、それを耳にすると、楽しい一日が暮れる、もっと遊んでいたいのに、という相反する気持ちを抱いた当時の感情が、つながって記憶されていた。

 

 メロディもほぼ忘れかけていたし、当然曲名までは覚えていなかった。

 『埴生の宿』を思い出したのは、1999年頃、『ふるさと大夕張』で行なったチャットか、メールでだったと思う。

 その時、菅井さんという方が、教えてくれたのだった。

 余談だが、その時、『はにゅうの宿』を読みが同じ友人の名前にかけて、当時、面白がっていたことまで思い出してしまった。

 

 さっそく、埴生の宿のメロディを打ち込み、記憶の中の鐘の音と近い音源を探してMIDIデータを作ってみた。

 それを聴いてもらった。

 それを受けて、菅井さんから、次のように意見を頂いた。

  

鎮魂歌  【菅井宏史 1999年8月20日】

 小学校のチャイムですが、私のあやふやな記憶を頼りにしたものを早速に採用して頂き嬉しいのですが、何か責任も感じてしまいます。

 先に謝っておきます。違っていたらすいません。

 
 チャイムの音を聞かせて頂いて、私が記憶していたもの

(この記憶というのが実に曲者で、後に何かの思い入れのようなものによって知らぬ知らぬのうちに現実にあったものとは違うものに変造され、それが自分の記憶と信じてしまうということが往々にしてあり得ますので、注意を要するのですが・・この場合そうでないことを祈るしかありません)

にかなり近づいたと感じております。

 手前味噌的なことで申し訳ありません。

 
 校舎の写真を見ながら、このチャイムの音を聞いていると、その当時の様子が、また一段と鮮明に蘇ってくる感じがします。

 しかしまた同時に、この音は余命幾ばくもない校舎のキンコンカンと鳴る鎮魂歌(洒落というには悲しすぎますが)にも思えてきます。

 
 ところで、曲の後に引き続いてカーン、カーンとチャイムの鐘の音が、4、5回鳴っていたように記憶しているのですが、実際はどうだったのでしょう?

 もしそうだったとすれば、5時のチャイムだから5回鳴っていたのでしょうか?

 

 そう言われると、確かに最後に鐘が長く伸びてなっていた。そう思い、鐘を5つ鳴らしてみたのが、完成したものだった。

 メロディも、打ち込んだデータだし、鐘の音になる音源も記憶に近いけど、ちょっと軽いような気がした。記憶に比べても、本当は、もっと荘厳で広がりのある鐘の音のチャイムだったと思う。

 似て非なるものになってしまったとは思うが、素人の限界だった。

鹿島小学校のチャイム

 ところで、 今は、こういう世の中なので、ひょっとしたら当時使われた音源が出てくるかもしれない。

 そう思い、『埴生の宿 チャイム』の検索語で検索してみた。

 

 と、さすがにたくさん出てくる、出てくる。 防災無線関係でも使われているようだ。

 

 ミュージックチャイムの埴生の宿があった。鹿島小学校の職員室の壁にも取り付けられていて、時間になると、カチャッという音がして動き出した。

 

 これが一番近い音だろうと思う。

 

 しかし、何か違うような気もする。

 今も隣の小学校から聞こえてくるような、ふつうのチャイムのようだ。

 鹿島小学校のチャイムは、もっと・・・・。

 

 そういう自分は、菅井さんが言うように、 『この記憶というのが実に曲者で~変造され』てしまっているのだろうか。

 

   

 ・・・・さすがに鐘五つはついていない。

 

 

 あなたの鹿島小学校のチャイムを発見したら、ぜひ教えてください。

  

 


 

備忘録

 

 

 

 

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