大夕張 歴史・文化遺産物位置図

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 平成9年(1997年)における大夕張にあった碑などの他橋梁など産業遺産を含めて位置を示した図。

 

 鹿島眺望公園に今は10の碑が残る。

 もともとの場所に一番近い場所にあるものは、「夕張東高等学校記念塔」ということになる。東高跡地なのだから当たり前だが・・・。

 鹿島この位置図に載ったもののうち、他に千年町にあった『戦没者慰霊碑』『慰霊歌碑』、『鹿島東小学校閉校記念碑』、『馬頭観音像』、鹿島小学校にあった『ふるさとの碑』『鹿島小学校閉校記念碑』『鹿島中学校閉校記念碑』『友情記念卒業のしるし』、そしてシューパロ湖畔にあった『道路開通記念碑』である。

 

 これらは、ダム建設にあたって『鹿島眺望公園』に集約された。

 この他、グランドの記念樹『イタヤカエデ』は鹿島小学校跡地で老木ながら風雪に耐えて立つ。

 『大夕張ダム慰霊碑』は、シューパロダム管理所の敷地内に移設された。

 

 奥鹿島分校ゆかりの碑は、新白銀橋の渡ったその先に今もあるという。

 三弦橋や旧白銀橋、明石橋、旭沢橋梁、伝説のハコ岩(箱岩)※1などは、シューパロ湖の水位が下がると見ることができるらしい。※2

 交通水難事故死者供養塔というのは、シューパロ湖畔道路の曲がり角にあったお地蔵さんのことかと思うが、今も、トンネルの側に移設され、この道をゆく車の交通安全を祈っているらしい。

 らしい・・というのは、ネットなどの写真では見たことがあるが、この目で見たことがないからだ。

 

 それ以外の大夕張にあったものたちが、その後どうなっているのかは知らない。

 

 トレジャーハンターとなって、これらの大夕張の痕跡をもとめて訪ね歩くか、記憶の中の街となった大夕張を夢の中で彷徨うか。

※1『岳麓の里』 – 大夕張風物 – ダムと湖と三弦橋 参照

※2 ※ウタさんのTwitterプロフィールによると、『シューパロダム平常時最高貯水位297m、旭沢橋梁295mくらいで見える。白銀橋287.5m?三弦橋の上弦276.4m』だそうです。

  

 

「大夕張(鹿島でくらした日々)」夕張シューパロダムふるさと誌」平成9年発行から
『歴史・文化遺産物位置図』として掲載された

 

 

鹿島眺望公園に残る碑の位置図


 

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