回想・随筆

日々生活の中で、ふと、あの日、あの頃を思い出す。ふと書き留めてみた過去の出来事、思い。

食憶(その12 川原の鍋)|長谷川潤一 食憶

食憶(その12 川原の鍋)|長谷川潤一

 息子が楽しみにしていた樽前登山が都合で中止。  かわりに何かしようかということになり、先週、宿泊研修でカマド係りをバッチリやりこなしたという息子の腕前を確かめるため、思い出したのが「炊事遠足」。  炭火の焼き肉でもなく、海の幸ありのバーベQでもなく、もちろんおしゃれなアウトドアでもなくて、米、味噌…
子どもの記憶  |菅井宏史 思い出ばなし

子どもの記憶  |菅井宏史

 長谷川さんが大夕張時代の「食憶」をお持ちのように(「食憶」シリーズいつも楽しく拝見してます)人それぞれ大夕張の、あるいは大夕張時代の一連の記憶というものがあるのかもしれません。   昭和30年代後半から、40年代前半が、私の大夕張の記憶の全てなのですが、あの時代の思い出といえば(これは大夕張の記憶…
子供用自転車が普及し始めた頃 | Kawauchi Masami 思い出の記

子供用自転車が普及し始めた頃 | Kawauchi Masami

 子供の頃の 遊びですが10〜15年毎に 調べると 随分 違うと思います。  私は4つ上の兄がいますが、「三輪車」持っていませんでした。  昭和37年ごろ、「子供用自転車」が無かったと思います。  その頃は、お父さん方の「黒いゴッツイ自転車」で、家の母親は自転車に、乗れませんでしたし、他のお母さん達…
ディズニーのドキュメンタリー映画『 白い荒野 』 |  高橋正朝 #30 続・大夕張つれづれ

ディズニーのドキュメンタリー映画『 白い荒野 』 |  高橋正朝 #30

 『続 • 大夕張つれづれ #28』 で、ディズニーのテレビ番組のドキュメンタリー映画のことを書いた。    ディズニーのドキュメンタリー映画として有名なものでは、2つ記憶がある。  ただし、2つとも、映画そのものを見たのか、それとも、映画も見て、且つ、その一部分を取り込んだテレビ番組をも見たものだ…
食憶(その11 お湯)|長谷川潤一 食憶

食憶(その11 お湯)|長谷川潤一

   冬の味の大元だと思うんですが、湯沸かしのお湯のことなんです。  ほとんどの家では当然石炭ストーブでしたよね、鋳物のフジキ式とか鉄板のやつとかいろいろ。    ひょうたん型やトラックオーバル型、後部にいくと煙突が出るだけの尻すぼみ型、石炭をまとめて投入する山高型、前からジュウノでくべるのとか上部…
時代を支えた馬  |  泊川俊徳 思い出ばなし

時代を支えた馬 | 泊川俊徳

 戦前から昭和40年過ぎまで、随分、馬が活躍してくれました。  戦時中は、炭鉱坑内の『石炭運搬』、街の中では、『運送屋』、日本通運・鹿島通運の荷物の運送、又、当時 トイレのバキユームカーの代わりに、馬車に大きい木製の箱に、ウンチを入れて、通称『便所場球場』へ運び、川へ流しました。  夏は『馬車』。 …
キャプション『 これは真実である 』と麻薬|高橋正朝 #29 続・大夕張つれづれ

キャプション『 これは真実である 』と麻薬|高橋正朝 #29

 前回、続・大夕張つれづれ # 28 で、北極での原子爆弾の実験で、怪獣が出現したアメリカ映画の冒頭で、『これは真実である』というキャプションがあり、これなどは、ワッハッハで笑い飛ばせる、しかし、ワッハッハで笑い飛ばせないケースもある、と書いた。       約20年前、タイ政府が激怒した、アメリカ…
節分の思い出 | ziny 思い出ばなし

節分の思い出 | ziny

 石炭ストーブの上で、大豆を炒って  「鬼は外・福は内」 と豆をまき、自分の年の数の豆を食べるというのは、どの家も同じだったと思うのですが・・。(我が家はストーブも何度目かにはフジキ式ストーブになった。)  でも、食べた分とは別に、年の数だけの豆をチリ紙に包み、近くの四つ角へ置きに行くというのは、ほ…
凍った石炭と雪鳴りの記憶 | 宇良田 彰 随想

凍った石炭と雪鳴りの記憶 | 宇良田 彰

 私の小学校時代(昭和30年代)、何故か1トン5円の石炭が、馬車で運ばれてきました。  真冬の寒い日は、その石炭が凍り付いて、鶴嘴で砕いて、家の中に運び込む仕事をしたことを、懐かしく思い出します。  フジキ式のストーブも、懐かしく思い出されます。  今は暖かい土地で生活して居ますが、厳寒の時期に、長…
グズベリ!|内川准一 随想

グズベリ!|内川准一

 子供の頃、食べるものがないわけでもないのに、弥生町、我が家の前の長屋(12舎)のグスベリをよく失敬しました。    トゲで血がにじんでも、お構いなしでした。    ジジィにときどき怒鳴られたけど、それが楽しみなのでした。     子供の頃、何も食べるものが無い時、家の前の垣根になっていたグスベリは…
食憶(その10 しゃっこい水) 食憶

食憶(その10 しゃっこい水)

 長いテーブルにズラーッと並び、長屋話などに盛り上がりましたね、交流会!    ご新規の方の参加もあって、さらに「池田屋」暖簾の登場!! ううっ、5円の「ぱんじゅう」の温もりが(;_;)・・。      で、こちら恵庭は雪がかなり降りました。  もう、かまくらができそうなくらいです。そこで、雪の中の…
歳の差弁当 |Kawauchi Masami 思い出の記

歳の差弁当 |Kawauchi Masami

 私達の時代の移り変わりが激しくて、私達のお母さんも、20歳で子供産む人と、35歳で子供産む人もいます。そうすると、お母さんの年齢差、15才ですよね。  お母さんの年齢差15年も有ると、弁当の内容が、全然違いました。  まず、遠足のおにぎり。  私は、購買会などの包装紙でしたが、私のお母さんより若い…
雪崩れに閉じ込められた少女 | 高橋正朝 #28 続・大夕張つれづれ

雪崩れに閉じ込められた少女 | 高橋正朝 #28

 これは、テレビ番組で、三菱電機1社の提供によるディズニーの記録映画だった。  正確に言うと、当時、この番組の時間帯は、本来なら、プロレスの実況放送だった。プロレスの実況中継がないときは、代替として、主に、ディズニーの番組を放送していた。ディズニーの作品とはいっても、マンガ映画を放送することはほとん…
「 夕張川から」 |ziny 随想

「 夕張川から」 |ziny

皆さまおばんです。東京大夕張会は予定通り参加でき、懐かしの皆さんと秋の楽しいひと時を過ごすことができました。ありがとうございました。 話は変わりますが、紅白歌合戦の出場者が発表され、最近の歌番組で人気の「山内惠介」さんが初出場となりました。15周年記念で、今年2月からスッポットライトシリーズが出てま…
食憶(その9 歩道橋の午後3時)|長谷川潤一 食憶

食憶(その9 歩道橋の午後3時)|長谷川潤一

 やっと暇ができたので、大夕張に行って来ました。  ちょっと来ないとなんか寒々と広い感じがするなー、紅葉の季節も終わりだしなー・・ちょっとまてよ、おい!  何か変だと思ったら、あの歩道橋が無ーいー!。      鹿島小学校時代、みんなで渡り初めをした歩道橋。  冬の朝、誰も歩いた跡がない階段に一番乗…
食憶(その8 お上品な御味)|長谷川潤一 食憶

食憶(その8 お上品な御味)|長谷川潤一

 交流会も楽しく過ごし、メロン城にみんなで寄り道。  いろんなお土産がありますねー。  ワイン、焼酎の酒類、羊羹、キャンディー、ケーキ類、そのものずばりの石炭まんじゅう、地元に関するお土産がいっぱいです。この時期の地元の味として思い出すのは、やっぱりメロンですねー、ヒロさんとメロンの食べ方についての…
雪崩れ|高橋正朝 #27 続・大夕張つれづれ

雪崩れ|高橋正朝 #27

 2月から3月にかけて、明石町番外地の我が家の窓から、山に雪煙が舞い上がるのを見ることがあった。  そう、雪崩れです。  そういうときは雪は降っておらず、空には、雲はそれほど広がってはいなかった。どちらかというと、雲の広がりよりも、青空のほうがまさっていた。  だからこそ、雪煙がたやすく見えたのだろ…
『三菱君』とご近所さん|斎藤 敏幸 思い出ばなし

『三菱君』とご近所さん|斎藤 敏幸

 以前、TVの「琴姫様」も話題にあがっていましたが,僕もTVにまつわる思い出があります。  まだ、栄町にブロック住宅が建つ前の話なのですが、普段は倹約家の父が何を思ったのか、三菱マークのTVを長屋で一番最初に買ったのです。     さあそれからが大変。  朝となく夜となく、ご近所さんが、我家にやって…
食憶(その7 住環境と食生活)|長谷川潤一 食憶

食憶(その7 住環境と食生活)|長谷川潤一

 山菜採り、行かれました?   家族での行楽行事、それとも秘密の場所で独り占め採りかな?  ちょっとした郊外の道路端っで、袋など下げて何か採ってる人たちを見かけますよね、排気ガスで煤けたモノなんか良く採る気になるなーと嫌な気分になります。    すこぶるきれいな環境の良い大夕張では、美味しい山菜が、…
SL冬の湿原号 ’01 |飯田雅人 随想

SL冬の湿原号 ’01 |飯田雅人

 2001年1月。釧路に行きました。SL『冬の湿原号』に乗ってきました。  午前11:08 釧路駅発。  釧路湿原の中に丹頂鶴を見ながら、蒸気機関車C11にひかれた観光列車が標茶へと走ります。  それは遠い記憶を呼び起こす、懐かしさに出会う旅でした。    発車とともに、「ガタン」と一揺れ。  最初…