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第1編 沿革 第8章 二股ダム建設に伴う鉄道移設補償工事

第8章 二股ダム建設に伴う鉄道移設補償工事

 1、 二股ダムの建設

 昭和27年、北海道開発局の手により、空知4ヶ町村(由仁、栗山、栗沢及び長沼)の既成水田7720haの完全補水と4145haの新規開田並びに年間6650万Kw/hの発電を目的とし多目的ダムの建設に着手。

昭和35年12月、湛水及び発電を開始する迄の8ヶ年に亘り総工費60億円をもって二股ダムの一大工事を完了せり。
 第1年目の昭和27年には測量等着工前の調査を開始、昭和28、9年の2年間は仮放水路のトンネル工事にかゝり、昭和30年からは営林署森林軌道及び三菱大夕張鉄道の移設補償並びに桜ヶ丘等水没農家の補償の接渉を開始、31年に至りダム建設の本格的工事に着手。水路仮締切を終え直ちにえん堤、本体下部掘削工事を、昭和33年迄続け、もどって昭和32年にはコンクリートミキサー及びクレーン等の機械設備を設置。

更に清水沢・大夕張間開発道路工事と併行して三菱大夕張鉄道の移設工事を開始、昭和34年に至り本えん堤コンクリート打設工事を開始すると共に、道と三菱共同出資による二股発電所の工事に着手、昭和35年秋、本えん堤打設を完了、12月3日午前8時を期して湛水を開始、22日に至り二股発電所の運転を開始せり。この間、使用せるセメント4万3千屯、鋼材800屯、延150万人を要せり。
 その後昭和36年、えん堤上部高欄の取付とえん堤仕上工事及び設備機械の撤去を完了せり。
 この間に要せる工事費は補償費15億円、えん堤工事費30億円、二股発電所15億円、計60億円を要せり。

 2、 鉄道移設補償工事

(1) 概 論

 本工事は二股ダム建設に伴う三菱大夕張鉄道移設工事と清水沢・大夕張間開発道路工事と相伴って行われ、昭和32年5月7日新青葉隧道の掘削工事に始まり、昭和37年10月、9粁300米付近擁壁を最終とし、6ヶ年に亘り全工事を完了。川岸に清水沢・大夕張開発道路を介し、夕張岳の秀峰を背景とする道立自然公園シューパロ湖を東側に配し、南大夕張・明石町間6粁の様相を一変せり。

(2)  青葉隧道

 昭和32年、旧青葉峠落石覆及び鶯沢橋梁を廃止し、440米の新青葉隧道を建設すべく、4月26日開発局との協定成立、5月7日より大成建設をして工事着工、12月10日工事完成新線に切換え11日初列車より運転を開始せり。
  新青葉隧道  起点 8K548M242
         終点 8K991M758
         延長   443M516
        (略直線なるも、南大夕張側、11mのみR=240mの
         曲線あり)
      旧青葉峠落石覆より山側に最大120米入る。
      隧道の規格は、開発局第2号型を主張するも当方第1型を
     主張。結局は差額当方負担とし第1号型とせり。
         工事費 第1号型 106,000千円
             第2号型 102,500千円
             差額   3,500千円

  旧青葉峠落石覆
      昭和5年に設置し昭和10年増設せる延長97米42
      昭和32年12月11日より廃止するも、道路として利用するには幅員狭隘のため、昭和36年12月4日より新藤建設をして
     爆破取りこわし、ダムの浸水で崩壊せる吉野沢付近の埋立に
     使用せり。

  鶯沢橋梁
      昭和3年4月、横河橋梁をして建設の本橋梁も撤去、旧青葉
     隧道落石覆と共に30年間に亘る当鉄道の使用を終えり。


 (3)  9粁300付近

 9粁300米付近線路は盛土上にあり、ダム湛水により法面崩壊の虞あり。
線路を山側に9米移設のことゝし、昭和36年3月新藤建設をして22、740立米の岩盤切土工事を行い、高さ3米延長500米に及ぶコンクリート及び石垣擁壁を設置、昭和36年4月9日線路の移設を行い一応工事を完了せしも、落石土砂崩壊が
続き、やむなく昭和37年4月18日再び線路を旧道床に移設、7月山側75度の急傾斜の盤面既設擁壁の上部に、更に高さ20米、延長195米に及ぶコンクリート壁を
設置すると共に、9粁228米地点に延長25米の落石覆を新設、昭和37年10月工事完成、再度線路移設を完了せり。

 (4)  10粁700付近  

 当地点は内部岩質不良にして表土地巡りし川側に移動するため、法面崩壊の虞あり。
 昭和33年より付近の測量及び地質調査を行い山側を切土し、線路を最大15米移設することゝし、昭和34年1月1日北宝建設に落札。

昭和35年1月15日着工、三菱芦別専用鉄道よりセ号車6両を借受け、100.800立米の切土を輸送して五十鈴沢の埋立に使用、
11月5日完成線路の切換を行えリ。
  セ号車 形式セ1 荷重12.6屯 容量14.01立米

 (5)  吉野沢   

 11粁300米付近は盛土上にあり、湛水による法面崩壊の虞あるため山側に
約50米移設、吉野沢橋梁を撤去、更に11粁295米より175米の吉野沢隧道を
新設することゝし、昭和34年より地質調査を開始、同年11月藤田組に落札、
昭和35年1月15日より着工、同年12月7日完成線路移設を完了せり。
 尚吉野沢橋梁は12月10日より30日に至り井出組をして撤去完了せり。
  吉野沢隧道 起点11K295M 終点11K470M
           延長   175Mの曲線隧道
       隧道の規格は青葉隧道と同様1号型とせり。

 (6)  五十鈴沢           〃

 五十鈴沢橋梁は湛水にり橋脚の一部浸水するため、橋梁を廃止し盛土暗渠
とすることゝし、昭和34年11月21日岩倉組をして着工、昭和35年10月完成。
 11月5日軌道施設工業をして新線敷設翌6日より運転を開始せり。
 なお橋梁は北宝建設及び井出組をして撤去せり。

 (7)  香椎沢

 12粁200米付近線路は盛土上にあり、法面が湛水侵蝕により滑動流出の虞あり。
更に12米566米地点にある香椎沢橋梁橋脚の一部が浸水するため山側に約20米
移設し盛土暗渠とすべく、昭和34年6月北宝建設に指定入札、7月着工、11月10日
完成、翌11日には大夕張産業及び井出組をして新線切換完了。北宝建設をして
橋梁の解体を行えり。

 (8)  南部開発岐線

 南大夕張駅構内にダム本体えん堤工事資材取卸しの目的をもって昭和33年11月、
803米の開発岐線を設置。昭和37年5月ダム工事完了に伴い撤去する迄4ヶ年に亘り
使用せり。
 この間ダム本体工事資材のセメント4万3千屯、鋼材800屯をはじめとし、
移設工事資材等輸送のため、昭和34年35年の2ヶ年に亘り美唄鉄道より9615号
蒸気機関車を借受け使用せり。

 3、 観 光

 (1)  夕張観光株式会社

 昭和35年秋二股ダム完成。12月3日湛水を開始してより一大人造湖を形成、
夕張岳を背景とし一躍観光地として脚光を浴び、夕張市及び夕張観光株式会社
により二股ダム付近一帯の公園化計画が推進された。
 昭和36年9月25日、夕張観光株式会社発起人会が開かれ、三菱大夕張鉱業を
総代とし、11月25日には設立総会を開催。27日には登記手続を終了、
資本金300万円をもって正式発足せり。
  役員 常務取締役 豊田 豊種
     取 締 役 中島 政雄、簗詰 弥彦、成田  茂、小川 重一
     監 査 役 徳間  貢、岡村 亀吉
 昭和36年12月22日にはダム呼称選考委員会により湖名を「シューパロ湖」と
決定、昭和37年2月10日には富良野・芦別道立自然公園として指定され、
6月10日に入り観光会社は湖畔に湖畔亭を開業、ボート数十隻を配し、
鯉、桜鱒、ワカサギ等の魚卵及び稚魚を放流して釣場とし、夏季に至り
水上スキー、ボートレース等を開催、一大観光地として躍進せり。
 三菱大夕張鉄道に於ても観光客の利便と併せて増収策を図り、湖畔亭の開業に
先立って6月1日より社起点10粁030米にシューパロ湖駅を新設、社内線の取扱を
開始せり。

 (2)  シューパロ湖駅

 昭和37年2月17日付夕鉄第25号をもって本店経営と共に3月15日付をもって
起業申立て、昭和37年5月18日付夕鉄第76号をもって運輸大臣宛シューパロ湖駅
新設の実施届を提出。昭和37年6月1日より営業を開始社内線旅客の取扱を
実施せり。
 位置 社起点 10粁030米
 規模 駅舎  48.6平方米
    乗降場 長さ 80米  幅   3米×28米
 工賃 1,618千円            2米×52米
 駅名 岩間所長命名 シューパロ湖駅
 昭和38年5月21日付夕鉄第78号をもって、国鉄北海道支社長宛、旅客一時限り
連絡運輸の取扱を申請、6月5日付北支営第93号により承認を得6月10日から
10月31日迄の連絡運輸の取扱いを実施せり。
 連絡運輸区域、設備乗車券の株式及び営業成績次の通り
   表 1―8―3―(2)参照

 (3)  観光案内

道立公園 シューパロ湖

 シューパロ湖
    湖面周囲  35粁
    流域面積  433平方粁
    満水面積  475平方粁
    昭和37年2月10日 富良野・芦別道立公園として指定を受く。

 二股ダム
    堤高  67.5米    総貯水量  8,730万立方米
    堤長  258米     有効貯水量 6,937万屯
    海抜  264.5米     堤体積  19万1千立方米
    総工費  30億円    湖畔亭より下流約1粁
    昭和27年着工~昭和35年秋完成
    昭和35年12月3日 湛水開始

 二股発電所
    年間発生電力  6,650KwH
    出力     14,700Kw
    道と三菱の共同出資により昭和35年完成
    昭和35年12月22日より運転開始
    総工費  15億円

 三弦橋
    長さ  381米
    高さ   70米
    営林署森林軌道の橋梁

 夕張岳
    標高  1668米
    明石町駅よりヒュッテまで16.8粁
    ヒュッテより山頂まで   9.3粁
    全區間距離       26.1粁
    夕張小桜等の高山植物140余種群生す。

 白銀橋(しろがね橋)
    二股ダム補償工事として鹿島開拓地交通の目的をもって
    昭和34年架橋。当時開拓橋と称せるも昭和36年3月白銀橋と改称せり。

 大夕張えん堤管理事務所 
    昭和36年8月着工
    昭和37年5月落成

 道路開通記念碑
    昭和37年10月6日、鹿島道路の開通を記念して建立
    暗緑色の砂岩で夕張岳を模した台石上に、奥鹿島の山中より産出せる
   幅1.3米、高さ2.3米、厚さ0.8米の紅れん岩の中央に、
   三菱大夕張鉱業所 岩間所長の筆による「道路開通記念碑」の
   文字が刻まれ、全重量4屯に達する。
   位置  湖畔亭横  シューパロ湖岸

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