大夕張つれづれ■ハチ公前で出会った若者■|高橋正朝 #11

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今から三十二、三年ぐらい前の4月か5月ごろの話です。   

東京の渋谷駅前のハチ公のところで友人と待ち合わせをしていました。   
約束の時刻になっても相手があらわれず、 友人がくるのを、 縁石に腰かけながら人通りに目をやっているとき、私より5cmぐらい背の高い若い男が寄ってきました。

「 ライターあったら貸してください 」

私はタバコは吸いませんので、その旨告げると、彼の左隣の年配の人に同じことをきき、タバコに火をつけてもらいました。

それからどういう経緯からか、 互いの故郷の話になり、 彼が大夕張出身だということが分かりました。  
その当時、 すでに大夕張の住人はわずかだったようです。   
学校も、 旧鹿島小学校の場所に中学校も併設されているといわれました。

   
縁石に腰掛けながら二人で大夕張の話を十分ぐらい話しているとき、突然、 二十三、四歳ぐらいの女性と、五十歳前後の親子のような二人が我々の前に立ちました。

タバコを吸っていた若者クンに向って、女性が、「 君、いくつ ? 」   
若者クン、ちょっとビックリした感じで彼女を見上げて即答、「 ハタチです 」   
女性の父親らしき男「 なに年生まれ ? 」若者クン絶句・・・・・・。

  
 同学年の遅生まれ早生まれは分かっていても、 自分の年齢をごまかすため、自分よりも前年や更にその前の干支を即答するのはむずかしい。   
その二人は私服の警察官だったわけで、 その若者クンを連れて行きました。   
 私は友人と待ち合わせをしていたので、 その場を離れて、 一緒についていくわけにはいきませんでした。

   
 互いに話をしているとき、 名前も名乗らず、 お互いの友人知人の噂話に入る以前のできごとだったので、その彼が、 大夕張のどの辺に住んでいたのかも知りません。


 もし携帯電話なんてものが当時あったなら、最初の段階で電話番号と名前のやり取りをしていたのでしょうが・・・・・・ 


橋 正朝 ( たかはし まさとも )2010/04/10 _ 11:10:53

昭和23年11月に明石町生まれ。鹿島東小学校から鹿島中学校に進み、夕張工業高校の1年の3学期に札幌に一家で転住。


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