回想・随筆

日々生活の中で、ふと、あの日、あの頃を思い出す。ふと書き留めてみた過去の出来事、思い。

 不二家のミルキー | 高橋正朝 #183 続・大夕張つれづれ

 不二家のミルキー | 高橋正朝 #183

昭和26年(1951年)ミルキー発売。ペコちゃんの目玉は持って歩くとコロコロ動いた。      表題に入る前に、2024年2月2日に、〘 みた 〙さんから、『続・大夕張つれづれ # 143 北海道弁•••あめくさい・あめてる・あめる』 に書き込みがあり、不良ことばとしての例が書かれていました。  北…
記憶の中のお祈り |小野美音子 思い出ばなし

記憶の中のお祈り |小野美音子

  教会での劇を終えて帰宅する菅井さん親子     「昭和40年鹿島小学校前」の写真にジ~ンときたことがあります。    東方の博士役を終え満足そうな菅井さん。  3人を見守るように、お母様が身体を少しかしげ、かごを持つ姿にどこか聖らかで暖かいものを感じたからです。    そしてバックに映る美しい教…
サイコロキャラメル |高橋正朝 #182 続・大夕張つれづれ

サイコロキャラメル |高橋正朝 #182

     私が鹿島東小学校の生徒だったころ、〘 サイコロキャラメル 〙というものがあった。  昭和23年生まれの私の年代や年配者はご存知のキャラメルである。      鹿島中学校時代にも売られていたろうと思うが、ハッキリした記憶はない。  中学生になってからは、キャラメルを食べなくなってきたせいで、…
雨鱒の(シューパロ)川|内川准一 随想

雨鱒の(シューパロ)川|内川准一

映画の一場面      映画を見て先ほど戻ってきました。  今日は月曜日なので、ファクトリ-の映画は男性千円とのこと、駐車場は3時間ただ。  で、3年ぶりに映画を見に行ったワケ。  (映画でなく、「シューパロ川」を見に行ったというのが正しい?)   なのに、二百人以上入る映画館には私1人。始まる5分…
正月の楽しみ 新年特大号 |飯田雅人  思い出ばなし

正月の楽しみ 新年特大号 |飯田雅人 

   子供の頃,お年玉の使い道は,まず漫画本でした。   小学生の頃は,漫画雑誌・・『少年』『冒険王』『少年画報』『ぼくら』等といった少年漫画雑誌が出ていて,これらは当時月刊で、しかも毎月買えるほど豊かではなく、読めなかった号の話は友達の家へ行っては、読んでくるというような読み方をしていました。  …
私の行った床屋さん |菅井宏史 思い出ばなし

私の行った床屋さん |菅井宏史

大夕張で私が行っていた床屋さんは二つありました。  確か小学校2、3年の頃までは官行(あの辺がこういう名称であったことは、実はこのHPで始めて知った次第です)にあった床屋さん(名前は覚えておりません)に。 それ以降は春日町にあった横山さんという床屋でした。  その頃官行に親戚がいましたので、たぶんそ…
関西から スキー便り |近藤志津枝 随想

関西から スキー便り |近藤志津枝

   家を6:30に出ます。  大阪から京都 湖西線に乗り、 めざすは琵琶湖バレースキー場。  ゴンドラに乗り 山頂へ。  山は晴れていました。 3年ぶりです。    板を借りて(年々短くなってゆくまがりやすい) 6時間リフト券を買い、 10:00。  さあー すべりはじめー。   7割若い子スノボ…
カバヤから郵送されてきた小説〘  黒いチューリップ  〙| 高橋正朝 #181 続・大夕張つれづれ

カバヤから郵送されてきた小説〘  黒いチューリップ  〙| 高橋正朝 #181

   私が鹿島東小学校の生徒だったころ、菓子業界大手の明治キャラメルや森永ミルクキャラメルなどはよく売れていた。  古谷製菓のキャラメルもよく売れていた。  グリコのキャラメルは、オマケ付きキャラメルで子どもたちの興味を引いていた。  私などは、キャラメルそのものより、キャラメルの箱の上部に付属して…
大夕張の素朴な遊び |久々湊真一 思い出ばなし

大夕張の素朴な遊び |久々湊真一

  団塊の世代(私の年齢のもの)は、昭和20年代末に小学生となりました。 戦後の混乱から一息ついた時期ですが、敗戦による貧しさの影がまだ残っていました。   子供達は手近なもので工夫をして、遊びに興じていました。そういう素朴な遊びを思い出して書いてみます。   <けんぱ>  地面に直径30cm位の○…
山田えいじ〘 ペスよおをふれ 〙| 高橋正朝  #180 続・大夕張つれづれ

山田えいじ〘 ペスよおをふれ 〙| 高橋正朝  #180

講談社の少女マンガ雑誌〘 なかよし 〙に、山田えいじが描いた〘 ペスよおをふれ 〙があった。  スピッツの〘 ペス 〙と少女を絡ませたマンガだった。     ストーリーはまったく覚えていない。     そうは言っても、たった1ヶ所の場面だけは覚えている。  〘 ペス 〙と少女の絡みのマンガだったが、…
窓から見えたスキー場 | 堀田牛乳長男 思い出ばなし

窓から見えたスキー場 | 堀田牛乳長男

 富士見町のスキー場、4年前に滑りました。(1998年頃)   小学生時代にスキー部で活動していたときは、有志がシーズン前に笹がりをしていたので雪付きが良くて良いゲレンデでしたが、4年前に滑ったときには、笹の上に乗った雪が滑ってしまい、ロープ小屋の上部は地割れのようになっていて結構怖かったですよ。 …
冬のワカサギ釣り| Toshinori 思い出ばなし

冬のワカサギ釣り| Toshinori

     自分は釣りは、やらないのですが、大夕張にダム湖が完成し、シューパロ湖ができた昭和37年頃、ワカサギの稚魚を放流したという。    北海道では冬に行なわれるオホーツク地方の網走湖のワカサギ漁が有名ですが、シューパロ湖では、ダムに氷が張ると氷上に風よけを作り、氷に穴を開けてワカサギを釣る風景が…
〘 小学館 〙の雑誌〘 ボーイズライフ 〙その2|高橋正朝 #179 続・大夕張つれづれ

〘 小学館 〙の雑誌〘 ボーイズライフ 〙その2|高橋正朝 #179

〘 ボーイズライフ 〙の何月号だったかまでは覚えていないが、手塚治虫へのインタビュー記事が載っていたことがあった。     そのなかで、手塚治虫は、『 劇画はやがて滅びる 』という趣旨の記事があった。  実際は、劇画は滅びるどころか、3〜4年後には、劇画が隆盛するようになった。 劇画だけではなく、色…
スキー場の思い出と神社からの声 | かめ 思い出ばなし

スキー場の思い出と神社からの声 | かめ

  スキー場・・・ 懐かしいです。 ロープを掴んで中腹まで登るわけですが、当時は毛糸の手袋の為、滑ったりして、ロープを脇に抱えたり。 ロープを抱えると、防寒着が絡まってしまい、リフトの安全装置にぶつかって停止させる子が結構いました。   ロープを抱えられると、その前後の人のロープが大変重たくてよく大…
〘 小学館 〙の雑誌〘 ボーイズライフ 〙その1 | 高橋正朝 #178 続・大夕張つれづれ

〘 小学館 〙の雑誌〘 ボーイズライフ 〙その1 | 高橋正朝 #178

〘 ボーイズライフ 〙は、〘 小学館 〙が発行した月刊誌だった。  私が、鹿島中学校の3年生のときに出版された。 ネットでチェックしたら、1963年4月から1969年8月まで発行されていた。    雑誌関係の出版は、すでに月刊誌から週刊誌が主流となっていたが、そういうなかにあって、〘 ボーイズライフ…
大夕張の雪祭り | Toshinori 思い出ばなし

大夕張の雪祭り | Toshinori

 雪まつりと言えば、今や札幌の代名詞ですが、大夕張でも雪祭りがありました。 鹿島小学校の校庭で雪像を作っていました。    昭和35年前後が、一番盛んだったようです。     栄町が住んでいた人たちも多いので、雪像を二基作っていました。     栄町の雪像はけっこう大きかった事を覚えていますが、昭和…
物置の記憶 | Y・I 思い出ばなし

物置の記憶 | Y・I

  代々木町の長屋の一番端っこの家のすぐ横に、石炭だったり、スコップがあったりした物置がありました。 古い作りのカビ臭い物置でした。    スコップや工具があり、時々、宝物探しにゴソゴソ探っていました。  明かりとりの窓もキチンとありました。      あるとき、そこに『アオダイショウ』がでました。…
〘 上田トシコ 〙の〘 フイチンさん 〙| 高橋正朝 #177 続・大夕張つれづれ

〘 上田トシコ 〙の〘 フイチンさん 〙| 高橋正朝 #177

   これは、〘 講談社 〙の〘 少女クラブ 〙に連載していたマンガで、〘 フイチンさん 〙の日常生活で起きる様々な事柄をマンガにしたものだった。      女性マンガ家は、〘 長谷川町子 〙と〘 上田トシコ 〙、それに、〘 みつはしちかこ 〙しか知らなかった。  〘 長谷川町子 〙は、数ページのマ…
がんがんに入った正月のもち |内川准一 思い出ばなし

がんがんに入った正月のもち |内川准一

  「がんがん」   飯田さんの『正月の餅』の中に出てくる「がんがん」で、くっきりと思い出しました。       正月のもちの入れ物、蓋付き一斗缶、お菓子入れの「がんがん」  なつかしや、我が家でも確かに使っていました。  切り餅は、鏡餅やあんころもちとは別に、のした後、なるべくおなじ大きさになるよ…
坑口めざして    |  お父ちゃん 随想

坑口めざして | お父ちゃん

  斜坑人車で坑口へ   停車するのももどかしく 残りわずかな斜坑を駆け上がる。   そこにはいつもと変わらぬ 陸(おか)の風景が・・・   ガスと落盤の恐怖から 開放された喜びを 感じるのです。      生活の手段とはいえ   青春真っ盛りを そんな環境にぶつけてすごしてきたのが     今思え…