大夕張炭山

索道ヨリ工場地帯ヲ望ム 絵葉書

索道ヨリ工場地帯ヲ望ム

前回『撰炭場』をちょうど反対側の山の方からみた構図になる。 『撰炭場』の写真をよく見ると、後ろに写る建物から山に向かって伸びるワイヤーロープと、鉄塔が写っていることがわかる。   その周辺には道が通され、周囲の木は切り払われている。 その高台から撮影されたようだ。   昭和4年に、南大夕張~北部大夕…
撰炭場 絵葉書

撰炭場

前回『住宅地其ノ二(富士見町一帯)』と同じ組になっていた絵葉書。 昭和5年の大夕張炭山選炭場。 完成当初の姿のようだ。   宛名面下には『撰 炭 場|三菱大夕張礦業所』の文字が印刷される  …
昭和15年 選炭場 絵葉書

昭和15年 選炭場

昭和15年頃の 『三菱大夕張礦業所選炭場全景』 絵葉書から。 大夕張炭山。選炭場の様子。  周辺の未整備で荒れ地な土地の様子がわかる。   白黒写真に着色した画像     「大夕張礦業所 選炭場全景」…
選炭場 炭鉱とともに

選炭場

昭和40年代と思われる。三菱大夕張炭礦選炭場。 石炭の積込みには、ベルトコンベアについている秤で、炭の量が分かり、1台に積む石炭の量は、常に同じしくみになっていたという。   大夕張炭山 選炭場『大夕張炭労 解散記念誌(s47)所収』…
選炭場の選炭婦たち 炭鉱とともに

選炭場の選炭婦たち

 夕張のどの炭鉱も選炭場には、大勢の選炭婦と呼ばれる女性がいた。  大夕張炭砿にも選炭婦と呼ばれる女性たちがいた。  バンドと呼ばれるキャタビラー状の機械にのって流れてくる石炭を、炭塊の大小、岩塊の別などを素早く選別し、選り分けていた。  とかく男の荒々しい炭鉱の職場の中でも、ここは、晴れやかな活況…
大夕張炭山駅を出発する列車 思い出の街角

大夕張炭山駅を出発する列車

撮影した長谷川さんによると、昭和45年11月だという。 最近は、着色も少しは慣れてきて写真を見返す余裕も出てきたと自分でも思うけど、この時期の大夕張では晩秋、いつ雪がふるかという頃で、緑少し盛りすぎ・・・たか。 『ふるさと大夕張』の最初の頃から掲載させてもらっている写真も、色をつけて気がつくことが多…
大夕張炭山駅付近 運んだ、石炭を人を

大夕張炭山駅付近

 大夕張炭山駅は大夕張鉄道の始発駅。  炭山駅の表札のかかる出入り口のところに、昭和30年代三菱バスの『砿業所前』、始発、終着の場所として記憶を留めていた。  その頃、シューパロ川上流の清流で川遊びをした。 「官行に遊びに」行く際、炭山駅の前の踏切を渡った記憶を呼び起こす写真でもあった。 勇壮に黒煙…
昭和8年 大夕張礦業所 炭鉱とともに

昭和8年 大夕張礦業所

こちらの写真も、『昭和8年 栄町』の写真と同じように、かつて九州の大学のデジタル資料で公開されていた画像の2枚のうちの一枚。 石炭の積み込み場のあたりには、石炭車を連結した蒸気機関車が白煙をあげているのが見える。 その向こうの工場地帯は、開発までの原野が広がっている。    原野を切り開いて建設され…
見つけた写真 C1101 |Kawauchi Masami 思い出の記

見つけた写真 C1101 |Kawauchi Masami

  今日、片付け物してて写真を2枚見つけました。 その内の『C1101』の写真。 いつの頃か? 後ろに、三菱のラッセル車が見えます。 この汽車、見たこと有るような? 石炭の積む所が小さいので、印象に強く残っています。   番号の 『C1101』 覚えているような気がします。 大きく引き伸ばして有るか…
C1101 思い出貼

C1101

大夕張炭山にて  NHKのテレビドラマ『すずらん』や、東映映画『鉄道員(ぽっぽや)』が公開され、話題になった頃、標茶町に展示保存されていた旧国鉄のC11が北海道の大地を走りました。  以前、留萌駅-増毛駅間を走ったSL『すずらん号』や、釧路駅-標津駅間のSL『湿原号』に乗車しましたが、サイズ的にも、…
大夕張炭山 運んだ、石炭を人を

大夕張炭山

昭和45年 白黒写真に着色した画像   大夕張炭山 No.8 三菱大夕張炭鉱ポケット(大夕張炭山) 【奥山道紀】2002/11/21(Thu) 20:27 炭鉱は地下深い切羽から採炭した石炭を斜坑や立坑で、地上へ運び出し選炭後、貨車で各消費地へ送り出します。地上ある巨大な選炭工場や積込ポケット、発電…