炭鉱とともに ヤマの男たち 昭和30年代前半 白黒写真に着色した画像 岳富町の辺りを炭労の旗を先頭に千年町方向に進んでいます。 賃金闘争。大夕張炭鉱労働組合の赤い旗を先頭に、『1方80円要求貫徹』の要求を掲げています。 背景には、左手から鹿島小学校の旧校舎や、泉町の住宅、消防から、緑町の住宅まで。 後ろには、昭和3… 続きを読む
運んだ、石炭を人を 列車を降りて 『1960年(昭和35年)列車折り返し運転』のなかから。線路脇の崖の崩落により列車をのりかえ通学する高校生たちの姿を写した5枚の写真のうち、「1 列車を降りて」の写真に着色したものです。 ↓白黒写真はこちらのページ。 https://ooyubari.com/2020/07/23/taimusur… 続きを読む
楽しかった日々 雪おろし(春日町)#2 昭和30年代 雪おろしのお手伝いをしている兄弟。下に建物が見えていますが、結構高低差を感じます。 白黒写真に色付けをした写真 トタン屋根の上で除雪 【今 雅秋】 冬。場所は春日町です。トタン板の屋根の上で家族総出で除雪をしていました。 都会ではめったに見られない光景ですね。 薪がつんであります。… 続きを読む
思い出の街角 崖のジャンプ台-春日町 直心の坂- 昭和35年頃 代々木町から春日町にかけての坂道を利用したジャンプ台 崖のジャンプ台。 今さんのアルバムから掲載させていただいている写真の中の一枚。『崖のジャンプ台』は、春日町の詰所裏のジャンプ台の写真ではないでしょうか。 これまで話に聞いていたジャンプ台が写った写真と思われます。 昭和30年代こ… 続きを読む
楽しかった日々 冬の春日町 昭和40年頃。春日町6丁目16番。 一日中、雪が激しく降り続いたある日、突然雪が止み、太陽が光を注ぎ、空いっぱいに青空が広がる時がある。そんな時は、待ってましたとばかりに、外に飛び出し雪の中を転げ回って遊んだものだ。 そんな厳しい冬も、春が近づくと少しずつ外の気温も上がり、寒さも緩んでくる。そん… 続きを読む
学び舎の思い出 大夕張礦業所 幼稚園遠足(春日町) 昭和35年。 幼稚園の遠足 【Kawauchi Masami】(2020年11月23日) 小学校1年生入学が、昭和36年と記憶してます。 幼稚園は1年保育だったので、昭和35年の写真だと思います。黒い服着た先生は 戸田先生と言いました。 川側にいる先生は、園長の千葉先生です。 ここは、… 続きを読む
運んだ、石炭を人を 三菱バスの運転手さんと車掌さん 昭和40年頃 後部座席に座る運転手さんと車掌さん。運転手さんは鞄でしょうか、大事そうにかかえています。車掌さんは、『三菱』と文字の入った腕章をしています。 後部座席に座る運転手さんと車掌さん うっとり 【飯田雅人】(2020年11月21日) 子どもの頃の夢として、男子のなりたい職業として上位… 続きを読む
楽しかった日々 夕張東高校教員住宅 昭和40年頃 明石町 夕張東高校教員住宅。男の子の周りにうつる周囲のもの。モビール、窓の柱にかかる状差しや札、グローブや袋など、床の畳と、上に敷かれたビニールカーペット。当時の暮らしを伝えます。 白黒写真に着色した画像 東高教員住宅の窓側 居間の写真 【工藤 央】 夕張東高教員住宅の土間を上が… 続きを読む
思い出の街角 栄町2丁目17番 昭和35年 白黒写真に着色をした画像 栄町2丁目17番。奥には栄町浴場、『リハツパーマの千葉理容院』 娘の自転車を直している父。お父さんの背中で戯れている女の子「お父さん大好き」そんな声が聞こえてきます。・・・ヤマの町の穏やかな一コマです。 手前に石炭庫。スコップが見えています。向こうに栄町浴場… 続きを読む
運んだ、石炭を人を 遠幌駅構内 昭和35年頃 遠幌構内積下 【本間正雄】 遠幌駅構内積下は昭和35年前後で、この時期大夕張炭鉱の奥部立坑が、八百五十の近くに建設中で、遠幌からエンホロカベツ川沿いの林道から建設資材を運搬しました。 遠幌駅構内はその時の骨材の積み下ろし作業です。… 続きを読む
タイムスリップ 1960年(昭和35年)列車折り返し運転 1.列車を降りて2.崩落した崖を見上げる3. 土砂に覆われた現場と待機する列車4. 列車を乗り換える5. 崩落現場越しにふり返る 崩落により列車をのりかえる高校生たち 【本間正雄】 大夕張からは、地元の鹿島高校(夕張東)に通う高校生以外にも、夕張北・夕張南・夕張工業高校に通う高校生たちが多数、列車… 続きを読む
思い出の街角 森林鉄道の記憶 (昭和32年~昭和35年) トロッコ トロッコ1 トロッコ2 林鉄機関車1 林鉄機関車2 林鉄機関車3 写真について 【本間正雄】 『トロッコ』は、昭和32年、夕張南高生と、夕張工業高生。 他に小、中学生も一緒に便乗。 『トロッコ1』~『林鉄機関車3』の写真は、昭和35年の写真。 『林鉄機… 続きを読む
思い出貼 栄町詰所 山神祭 昭和35年頃 子供達のうれしそうな興奮したざわめきがが聞こえてくるようです。女の子達はみんな着物を着ています。踊りを披露しながら練り歩いていたようです。後ろの豪華な山車の飾りなど,当時のにぎやかな炭坑のお祭りの様子が伝わってきます。後ろに栄町の詰所,右手にブロックが見えています。… 続きを読む
昭和 1960年(昭和35年) 1月 1日,大夕張駅売店,大友二葉に名義変更。 14日,私有貨車タキ14両入線完了。 15日,10粁700および吉野沢工事着工。 27日,大夕張炭山駅からメタノール輸送開始。2月 11~15日に開催された第38回全日本スキー選手権大会(新潟妙高高原)にて,アルベン滑降・大回転にて出雲道男(天理スキー… 続きを読む
大夕張の全景 雪の大夕張 昭和35年頃 昭和35年の大夕張 【飯田雅人】 大夕張の町を神社からとった写真が何枚もあります。この神社からの夕張岳を背にした町の光景には愛着があります。父が撮影したこの写真は昭和40年頃だと思っていました。でも大夕張駅から協和会館までの栄町の炭住の並びを他の写真と比べてみると大夕張が一番盛んだっ… 続きを読む
思い出貼 初めての洗濯機 昭和35年頃、金盥の中で洗濯板を使ってゴシゴシ洗う作業に変わって洗濯機が登場。 洗濯機についているローラー状の脱水機が懐かしい。 家に来た初めての洗濯機 【Kawauchi Masami】(2020年11月27日) 洗濯機のホースの色 確かに 黒と水色でした。 排水の時、黒いホースを下ろして… 続きを読む
思い出の街角 昭和30年代 浄水場 大夕張の町を一望できる,どの学校の校庭にも満たない広さのこの丘の上にどれだけの大夕張の人達が登ったことだろう。そして,この丘の上でどんな思いをもって夕張岳を眺め,眼下の大夕張の街を見つめていたことだろう・・・。時代や人が違ってもこの丘に立った私たちの胸の中の大夕張への思いは変わらない。 … 続きを読む