思い出の街角

坂道 思い出の街角

坂道

曲がりくねった川と山の間にできたいくつもの河岸段丘。 その上のわずかな平地にできた住宅地を行き来するため、大夕張には橋と坂道が多かった。   春日町と弥生町を結ぶ坂、宝町と緑町を結ぶ坂、常盤町と明石町を結ぶ坂、駅から高校に向かう間の坂道・・・短い坂、長い坂道など思い出していくと、数限りなくわいて出て…
冬の裏山 思い出の街角

冬の裏山

  富士見町の住宅地から八百五十への尾根へと続く山。 昭和35年頃、富士見町6丁目の礦業所の前の坂の登るとてっぺんの家、坂の一番上の住宅に引っ越すことになった。   当時薬局にいた大橋秀雄先生が引っ越すことになり、その後に入ったのだった。 二軒一戸建ての住宅の、隣に田中さんが入っていて、その家には同…
礦業所のスキー大会 思い出の街角

礦業所のスキー大会

ノルディックのスキー大会。 礦業所の職員慰安行事の一つだったのだろう。様々な行事が行なわれていたスポーツ大会の一つ。   スキー場前の富士見町1丁目の山側の道路をゼッケンをつけた参加者が鹿島小学校グラウンドの方向に進む。 どんなコースだったのだろうか。     昭和40年頃と思われる。   白黒写真…
スキー場のにぎわい 思い出の街角

スキー場のにぎわい

大勢の子どもたちでにぎわう富士見ヶ丘スキー場。   大夕張の『スキー場』   小学校の中学年頃までは、ロープにつかまって中腹まで登るとそこから滑る子が多かった。 そこから上の尾根上までの急な斜面から滑るのは上級生・上級者という印象だった。   右手にジャンプ台があり、その横の斜面ではアルペン用のポー…
平成15年 冬 思い出の街角

平成15年 冬

はじめ『平成15年の大夕張駅前通り』のタイトルにしようとして、止めた。 想起させるものは何もない。 頭の中の記憶で補うことで、初めてそこがかつて商店街が建ち並ぶ駅前通りだったと想像できる。      平成15年(2003年)の大夕張。 『大夕張駅前』のタグで見てきた大夕張張駅前からの2003年の姿。…
昭和30年代 購買会 思い出の街角

昭和30年代 購買会

昭和30年代の購買会。   大夕張のデパートといわれた三菱購買会。 2階には家具売り場もあり、お正月や季節の大売り出しの時期には、福引などが行われ、中央の玄関前には当選者が張り出されていたという。   昭和38年頃火災にあったという。 この写真はそれ以前のように思われる。焼失したわけではなく、むしろ…
春日町屋根並み 思い出の街角

春日町屋根並み

昭和30年代、季節は晩秋だろうか。 春日町の住宅の屋根越しに、春日町の浴場の大きな建物が見える。その横に並んで見えるのは春日町詰所の屋根だろうか。 この構図は、おそらく代々木町と春日町をつなぐ坂道の途中から撮影したようだ。       炭砿住宅の煙突から、石炭を燃やす煙が、風に吹かれてたなびいている…
夕張東高等学校 晩年の校舎 思い出の街角

夕張東高等学校 晩年の校舎

明石町駅の横の道を上った高台に夕張東高校は建っていた。 1983年(昭和58年)に閉校となった後、母校跡には記念碑が立っていた。 そしてダム完成後は、鹿島眺望公園として大夕張にあった碑が集められた。 『ふるさと大夕張』(1丁目1番地)には昭和45年頃の写真としていたが、今見ると、体育館の窓ガラスの様…
大夕張生協 1997  思い出の街角

大夕張生協 1997 

 『CO-OP 大夕張生協』の建物に大きく書かれた文字。  さすがに何度も塗替えられてきただろうけれど、古くなっていたとはいえ、往時と比べても建物自体の雰囲気は変わっていなかった。    昭和28年に店舗6坪で発足した生協が発展をとげ、昭和36年(1961年)10月に敷地面積を314坪に広げたその際…
営林署苗畑 思い出の街角

営林署苗畑

 営林署苗畑。炭鉱病院の裏手から対岸。この林道をしばらく行くと磯次郎の沢に沿って奥に続く。  子どもの頃、この道をジープに乗せられていったことがあるような気がする・・・。  ガタガタの曲がりくねった道を山の奥に向かい、谷は深く、川は細くなり、木が茂った。     せまく砂利の敷かれた道を、川の上にか…
南部独身寮 思い出の街角

南部独身寮

昭和40年(1965年)、『大阪の小林』さんが一夏を過ごした南部貯木場の独身寮。 当時の南部独身寮とのかかわりについて、小林さんは『懐かしき貯木場(南部)』の中で、次のように書いている。 小生は昭和40年の一夏(七月中旬から八月中旬まで)南部にありました営林署の貯木場で、大学の友人二人と共にアルバイ…
明石警察官駐在所 思い出の街角

明石警察官駐在所

昭和45年 明石町駅近くの通りに面して建っていた駐在所。 『明石警察駐在所』の看板がかかる。  掲示板には、空き巣にに入ろうとしている泥棒のような人物と鍵のマーク。  『鍵をかけましょう』という呼びかけだろうか。    人の多かった大夕張では、当時鍵をかけていても、空き巣に入られることがあった。  …
栄支所裏手富士見町 思い出の街角

栄支所裏手富士見町

 かつて大夕張鉄道の歴史を記した『山史』のホームページがあった。『山史』を編纂された菊池さんの息子さんである審人さんが作成されていたもので、貴重なサイトだったが今はない。  その中に掲載されていた懐かしい一枚だ。たぶん閉山前後の写真だろう。    大夕張炭山をゆっくりと発車した石炭列車は少しずつスピ…